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失敗と対策

ERPにAIを入れて困ったこと——ハルシネーションと、権限の渡しすぎ

自社の基幹システムにAIを組み込んで60日。実際に起きた事故を、日付と中身つきで書きます。旅行中の人に予定を入れた日、リード一覧に自動返信が混ざった日、AIが読めるデータが131個中14個しか守られていなかった日。

公開 2026年9月10日更新 2026年9月11日木谷 真也(株式会社Emposy 代表取締役)読了 約12分
失敗と対策 ERPにAIを入れて 最初に起きたのは 「知ったかぶり」 中小企業が自社ERPにAIエージェントを組み込んだ60日 ERP開発通信 by 株式会社Emposy AIの応答 2,873回を数えた 検索した 調べず断定 怪しい 112回 / 223回 / 290回 怪しい応答は約10% 賢さより「気づける仕組み」

この記事でわかること

  • ハルシネーション——AIが社内データを見ずに数字を答える。応答2,873回のうち223回で起きていた実測と、2つの対策
  • 権限の渡しすぎ——AIが読めるデータは131個中14個しか守られていなかった。コード編集を全員禁止にするまで
  • 実際の事故3件。旅行中の人に予定を入れた自動返信がリード一覧に混ざった毎朝「リード0」と誤報した

「ERP AIエージェント」で検索すると、OracleMicrosoftSAPの「AIが業務を自律的に実行する」という記事が並びます。中小企業が実際に入れたら何が起きるかは書いてありません。私たち株式会社Emposyは2026年7月から自社の基幹システムにAIエージェントを組み込んで運用しています。うまくいった話だけだと役に立たないので、失敗を先に書きます。

ERPのデータを、AIが直接読んで答えるようにした

「AIが賢く考える」のではなく、正しいやり方が実装済みの処理を、AIが選んで実行する形です。登録されている72個から、分野ごとに例を挙げます。

分野AIに頼めること(実際に登録されているもの)
お金見積書を会計ソフトで発行する/請求書が「発行だけか・売上計上済みか・入金済みか」を確認する/未払いの請求書の一覧/重複して届いた請求書の検出
案件今月請求すべき案件をまとめる/会計ソフトの入金と案件の突き合わせ
数字予実の表を出す/費用の内訳/目標に対する進捗/資金繰り/案件別の採算
日報給与の集計/時間の使い方の分析/学習内容のまとめ
会議前回の議事録から次回のアジェンダを作る
営業見込み客の下調べ/商材ごとの架電状況/名刺台帳を引く
AIに登録した機能72個17のアプリに分散
60日間のやりとり6,701通392スレッド
動いている定期実行17件毎朝の広告点検・経営数字の確認・受信箱の検算・問い合わせの監視

※ すべて本番データベースの実数(2026年9月11日時点)。人数に関する数字は出していません。

AIが社内データを見ずに数字を答える——ハルシネーションは2種類あった

精度の問題ではありませんでした。最初に起きたのはハルシネーション、つまりAIが事実でないことを事実のように答えることでした。2種類あります。

1つ目:社内データを検索せずに、数字を言い切る

社内データを見て答えているつもりが、実際には見ていない。「今月の請求は◯件です」のように言い切っているのに、データベースを検索した形跡がない。数字を聞かれているのに、記憶と雰囲気で答えていました。60日で223回起きていました(04で数え方を書きます)。

2つ目:社内にある正しい計算を知らず、自前の劣化版で答える

実際に起きたこと

「この事業の採算を試算して」と頼むと、AIはその場で自前の計算を始めました。ところが社内には、すでに正しい試算のエンジンが実装されていました。AIはその存在を知らないので、劣化版を作って、それらしい数字を出してくる。間違ってはいないが、社内の正式なやり方とは違う数字が出ます。

②の原因ははっきりしていました。「ERPに何ができるか」を手書きの一覧でAIに教えていて、新しい機能を作っても書き足し忘れる。コードが真実で、一覧はその説明という二重管理は必ずズレます。どちらも賢さの問題ではなく、AIが何を知っていて何を知らないかを、こちらが管理できていない問題でした。

対策1:社内にどんな処理があるかを、コードから直接AIに渡す

2つ目への対策です。手書きの一覧を廃止して、こう変えました。

  1. 機能のコードに、直接「印」を付けるAIに使わせたい処理には「これはAIが呼べる機能」という印を付け、「どんなときに使うか」を一緒に書く。機能を作る作業と、AIに教える作業が同じ場所・同じ手順になる
  2. 印がない機能は、テストで落とす印を付け忘れた機能があると、自動テストが失敗して気づける。人の記憶に頼らない
  3. AIには毎回、メニューとして渡す会話のたびに、登録された機能の一覧が自動で組み立てられてAIに渡る。書き足し忘れが構造的に起きない

効果は明確でした。「試算して」と言えば、社内の正式なエンジンが動く。最初にやるべきはモデル選びではなく、「うちには何があるか」をAIに正しく教える仕組みです。

対策2:AIの回答2,873件を記録して、怪しい290件だけ人が見る

1つ目への対策です。AIの答えを人が全部確かめるのは無理なので、応答を1回ずつ記録して、怪しい回だけ見に行けるようにしました。60日で2,873回の応答の内訳です。

AIの回答2,873件を、社内データを検索したかどうかで3つに分けたもの2026年7月19日〜9月11日・本番の実数
1122232,538
112回 社内データを検索して答えた(期待どおり) 223回 検索せずに断定した(1つ目のハルシネーション) 2,538回 検索も断定もしていない(相談・下書き・雑談)

上の「検索せずに断定」を中心に、怪しいと判定された応答は290回、全体の約10%です。数字や社内の事実を聞かれているのに、調べずに答えている。応答ごとに次を自動で記録し、フラグを立てています。

  • 社内データの検索を何回呼んだか(0回なのに数字を答えていれば怪しい)
  • 応答に断定の表現が含まれるか(「〜です」「〜件あります」)
  • 応答に否定の表現が含まれるか(「ありません」「存在しません」。調べずに「ない」と言うのがいちばん危ない)
  • 上の組み合わせで怪しいフラグを立てる(検索0回なのに断定している、など)

AIエージェントの運用でいちばん要るのは、賢いモデルより疑う仕組みでした。

実際に起きた事故3件——AIの精度ではなく、渡し方の問題だった

ハルシネーションを直したあと、使う人と用途が増えて起きた事故です。3件とも「AIが賢くなかった」のではなく、こちらがAIに渡す条件を決めきれていなかったことが原因でした。

旅行中の人に、ランチ交流会を入れた(2026年9月10日)

役員の「旅行 9/17〜9/19」は、Googleカレンダー上では「予定なし(空き)」の設定でした。AIはその設定だけを見て空いていると判断し、旅行中の9月18日に予定を入れました。

空いているかどうかを設定で決めず、予定の中身(旅行・出張・通院…)で決めるようにした

取引先の自動返信が、見込み客の一覧に混ざった

メールがAIで判定できなかったとき、通す側に倒していました。その結果「配信専用のため返信を承ることができません」という自動返信が見込み客として一覧に上がり、電話をかける手前まで進みました。

判定できなかった行は見込み客にしない。自動返信の文言はAIに判定させず、決まった語で機械的に弾く

毎朝「リード0件」と誤報し続けた

広告の成果をAIが毎朝点検していましたが、申込が外部サイトで完結する事業では件数の数え方が違いました。実際には12件取れているのに「リード0のまま19,297円を消化」と警告が出続けました。

毎朝ウソの警告が鳴ると、本物の警告まで無視されるようになる。数え方は事業ごとの定義に合わせた

AIが読めるデータが、131個のうち14個しか守られていなかった

2026年9月9日に監査したときの状態です。「見せたくないものを1つずつ登録する」方式だったので、新しく作った分が素通りしていました。

原則禁止に逆転させ、機能ごとに一括で止めた。以後、データを足しても自動で守られる

この4件目のあと、9月10日にAIによるコードの編集を全員禁止にしました。最初は役員だけ許していましたが、本番でAIが直しても外に出る経路がないので、例外を残す意味がありませんでした。システムを変えるのは、手元で人が書いて、GitHub経由で反映する道だけです。

Emposyがあとから決め直した3つ:AIに読ませる範囲、判断できないとき止めるか、システムを直させるか

上の事故3件は、次の3つを先に決めていなかったから起きました。Emposyは動かしながら決め直しましたが、AIを載せる前に決められるなら、先に決めた方が安く済みます。

  1. AIに読ませてよいデータの範囲を、原則禁止から始めるかうちは逆でした。「見せたくないものを登録する」方式で、131個のうち14個しか守れていなかった。予実・案件・利益・請求・会議・営業・給与を機能ごとに原則禁止へ逆転させ、名簿と事業名だけ全員が読めるように開けています。なお「合計だけ取り出す」形の読み方は、この関所を素通りします。完全ではありません
  2. AIが判断できなかったとき、通す側か止める側かうちは通す側に倒していて、自動返信が見込み客の一覧に混ざりました。判定できなかったものは先に進めない、が既定です。ただし止める側に倒すと「何も出てこない」ので、止めた分を別に見える場所へ出すところまで決めてください
  3. AIにシステムを直させるかうちは最初「役員だけ可」でしたが、2026年9月10日に全員不可にしました。AIが本番で直しても、その変更は次のデプロイで消えます。直すのは手元で人が書いてGitHub経由で出す道だけ。AIには「こう直せばいい」を文章で書かせます

60日で人の手を離れた仕事と、まだ残っている確認

できたこと

  • 日報や案件メモは各自が短く書けば、AIが要約して担当案件と顧客に紐づける
  • 見積書と請求書は案件データから作られ、人は内容を確認して承認するだけ
  • 月次のレポートは締めた時点で出る
  • 毎朝の点検は時間になったらAIが実行し、結果だけ通知する

まだできていないこと

  • 約10%の応答は怪しいと判定される。重要な数字は画面で確認する運用
  • 予約サイトの入出金など、外部から自動で取れないデータが残っている
  • 人の確認をゼロにはできていない。確認する場所を減らす仕組みである

この記事を書いた会社の仕事

この記事の仕組みを、御社向けに作るのが私たちの仕事です

データを1か所にまとめるところから、AIに任せる範囲の線引き、怪しい応答に気づける形まで、自分たちで運用しているものをそのまま設計します。60分の無料相談で、いま使っているツールと、いちばん手間のかかっている作業を教えてください。AIを載せる前にまずデータを1か所にする必要がある会社には、そう言います。しつこい営業はしません。

よくある質問

ERPにAIエージェントを入れると、人の作業はどれくらい減りますか?

減るのは「探す」「集める」「書き写す」の3つです。うちの場合、月次レポートの作成、毎朝の点検、日報の要約、見積書の作成が人の手から離れました。一方で「確認する」作業は残ります。約10%の応答が怪しいと判定されるので、重要な数字は画面で確認する運用です。

データがバラバラでもAIを入れられますか?

入れられますが、効果は出ません。同じ受注が3か所に書かれている状態でAIを載せると、AIは「どれが正しいか」を判断できません。先にデータを1か所にする方が結果的に早いです。

AIが間違った数字を出すのが不安です

正当な不安です。実測で約10%が怪しいと判定されます。対策は2つで、(1) 正しいやり方を実装しておいてAIに選ばせる(AIに計算させない)、(2) 検索を呼んだか・断定したかを記録して怪しい回だけ見る。この2つで、人が全部を確認しなくて済むようになります。

どのAIモデルを使うかは重要ですか?

思ったより重要ではありませんでした。効いたのは「社内に何があるかをAIに正しく教える仕組み」と「怪しい答えに気づく仕組み」です。モデルは会話ごとに切り替えられるようにしていますが、使い勝手を決めているのは周りの仕組みの方です。

まとめ

AIは社内データを見ずに数字を答える回答2,873件のうち223件で、検索せずに言い切っていた。怪しいと判定されたのは290件(約10%)
社内の正しい計算をAIに教えないと、自前の劣化版で答える手書きの説明書で教えると必ず書き足し忘れる。機能のコードに印を付け、忘れたらテストで落とす形にした
AIが読めるデータは、131個中14個しか守られていなかった「見せたくないものを登録する」方式をやめ、機能ごとに原則禁止へ逆転させた
判定できないとき通す側に倒すと、一覧が汚れる取引先の自動返信が見込み客として上がり、電話をかける手前まで進んだ
AIにシステムを直させるのはやめた2026年9月10日に全員不可へ。本番でAIが直しても次のデプロイで消えるため、例外を残す意味がなかった

出典:当社の基幹システムの本番データベース(2026年9月11日時点。応答2,873回・怪しい判定290回・検索112回・検索なし断定223回・登録機能72個・定期実行17件・やりとり6,701通)/開発リポジトリのコミット履歴(2026年7月11日〜9月11日)。取引先名・個人名・人数は伏せています。

この記事を
書いた人

木谷 真也(株式会社Emposy 代表取締役)

自社の基幹システムの要件定義書を自分で書き、AIエージェントを組み込んで毎日使っている。営業・経理・案件管理・日報・AI相談までを自社開発の基幹システム1つに集約して会社を回し、その経験をもとに中堅・中小企業の自社専用ERP開発を請けている。東京・大阪。サービスについて

ERP開発通信 / 運営:株式会社Emposy