この記事でわかること
基幹システムの入れ替えについて調べると、「業務の棚卸しをしましょう」「並行稼働の終了条件を決めましょう」と書いてあります。正しいのですが、実際の棚卸しの表も、実際に移したデータの範囲も、実際に数字を突き合わせた場面も出てきません。この記事は、私たち株式会社Emposyが2026年7月に自分の会社でやった、その現物です。
Emposyは他社のERPを作りながら、自分の会社ではTrelloを使っていた
私たちは、他社の基幹システムを作る会社です。基幹システム(ERP)は、受注・請求・入金・給与のような会社の中心の数字を、1つのシステムで管理する仕組みのことです。要件を聞いて、設計して、作って、納品する。それを続けているうちに、ひとつ引っかかることがありました。
引っかかったこと
作って渡しているのに、
自分たちは使っていない
自分の会社は、Trelloとスプレッドシートで回していた。入れる側の苦労は知っているのに、入れられる側の苦労は聞いた話でしか知らない。移行の何が面倒で、現場がどこでExcelに戻るのか、自分の会社で通っていない。
だから、自分の会社に入れました。2026年7月11日に始めて、9月9日までの60日です。困り果てて入れ替えたわけではありません。クライアントと同じことを、自分の会社で先にやるためです。
やってみて、聞いていた話と違ったことが3つありました。会計ソフトとの連携は、つないだ瞬間から数字がズレていて、古いExcelと突き合わせるまで気づけないこと。「今と同じことができるように」で作ると、使っていない機能まで作り直すことになること。過去のデータを全部移すと、汚れたマスタごと持ち込むこと。どれも、外から見ているだけでは分かりませんでした。順番に書きます。
移す前のEmposyは、1件の受注をTrello・シート・freeeの3か所に書いていた
まず、移す前のEmposyが何をどのツールで管理していたかです。案件・日報・予実・会計が、それぞれ別のサービスに入っていました。
| 何を | 何で | どう使っていたか |
|---|---|---|
| 案件の管理 | Trello 付箋をボードに貼るように案件を並べるツール | 1つのボードにカードが184枚、列が12本。金額・納期・フェーズを入れる欄がないので、カードの説明欄に文章で書いていた。「フェーズ9: 2,691,700円(6/30入金OK)」のような台帳が、説明欄の中で更新され続けていた |
| 案件の一覧 | Googleスプレッドシート | Trelloの説明欄の金額を、確度と月別に並べ直した表。Trelloを更新しても、この表は自動では変わらない |
| 日報と勤怠 | Googleスプレッドシート | 1人1シートで16枚。書式が3系統に分かれていた。勤務時間が手入力なので、時給×時間の自動計算が効いていたのは16枚中2枚だけ。月ごとにファイルを複製する運用 |
| 予実の管理 | Excel | 会計ソフトの損益計算書を手で転記し、独自の区分に組み替えた56行の表。事業別の売上は =516820+216388+120903+9978 のように明細を手で足していた |
| 会計 | freee | 仕訳・請求書・銀行連携。ここは問題なく回っていた |
ツールが多いこと自体は困っていませんでした。困っていたのは、次の3つです。これがそのまま、ERPに移した理由です。
- 1件の受注を、Trelloの説明欄・案件一覧シート・freeeの3か所に手で書いていた3か所で金額が微妙に違い、月末に「どれが正しいか」を人が確認していた
- 給与の自動計算が、日報シート16枚のうち2枚でしか効いていなかった勤務時間が手入力で、時給×時間の式が入っているシートと入っていないシートがあった。締めのたびに人が計算していた
- 事業ごとの利益が出せなかった会計ソフトの数字をExcelに手で転記し、事業別の売上は明細を1つずつ足し算していた。月次で「どの事業が儲かっているか」がすぐには分からなかった
ERPに移して、Emposyの6つの作業がこう変わった
手順より先に、結果を書きます。Trelloとスプレッドシートから自社開発のERPに移して、Emposyの社内作業は60日でこう変わりました。
| 業務 | Trello・スプレッドシートのとき | ERPに移したあと |
|---|---|---|
| 案件の金額を知る | Trelloのカードの説明欄に手書き。合計は人が足す | 請求明細178行から、月別・事業別の売上が自動で出る |
| 見積書・請求書を出す | 会計ソフトに金額をもう一度入力して発行 | 案件データから作って会計ソフトで発行。60日で88件 |
| 給与を計算する | 1人1シート16枚。勤務時間は手入力で、時給×時間が効いていたのは2シートだけ | 出勤・退勤・休憩を入れると勤務時間が出て、25日締めで集計される |
| 予実を見る | 会計ソフトの数字をExcelに手で転記し、事業別の売上は明細を手で足し算 | 月次で取り込み、独自の8区分・23事業で自動集計。実績1,621行 |
| 会議のアジェンダを作る | 前回のアジェンダと議事録を毎週手で読ませて作成 | 議事録124本をERPが読みに行き、生成ボタン1つ |
| 社内の数字を聞く | 担当者に聞くか、シートを探す | AIに聞くと、案件・日報・予実・議事録を前提に答える |
逆に、会計ソフト(freee)・議事録の置き場(Google Drive)・通知の宛先(LINEとSlack)は変えていません。変えたのは、同じ数字を2回入力していたところだけです。ここからは、7月11日にやったことから順番に書きます。
7月11日、EmposyはTrelloの12列と日報16枚を全部読んで、残す・やめる・変えるを決めた
最初の日にやったのは、いま使っているものを全部読むことでした。Trelloのエクスポート(約1.8MB)、日報シート16枚の全セル、予実Excelの全数式、Driveのフォルダ。ここを飛ばすと「今と同じもの」を作り直すことになります。
Trelloの「列」は、ボードを縦に区切る箱のことです。Emposyでは「見込み」「開発中」「入金確認」のように、案件がいまどの段階かを列で表していました。12列を1本ずつ見た結果は、残す7・変える2・やめる3でした。
- やめる3列(契約・要件定義・停止中)は、カードが0枚。誰も使っていなかった
- 変える2列(請求・入金確認)は、列の中を「ーーー↓未請求ーーー」という区切りカードで無理やり分けていた。Trelloに小さい区分を作る機能がないための工夫で、ERPでは「請求済み」「入金確認済み」という項目1つで済む
- 残す7列は、案件の段階としてそのまま使った。「消滅」(失注の置き場)も残した。失注の理由は次の見積に効くので消さない
12列を1本ずつ見た表リスト名・カード数・判断・理由
| リスト名 | カード数 | 判断 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 見込み | 28 | 残す | 新規カードの大半がここに作られる。入口 |
| 確定 | 1 | 残す | ほぼ通過点だが、受注の瞬間を記録する列として要る |
| 待機 | 13 | 残す | 受注済みで着手待ち。開発中と行き来する実績があるので列として維持 |
| 開発/作業中 | 7 | 残す | — |
| レビュー/修正中 | 3 | 残す | — |
| 保守/運用中 | 23 | 残す | 月額の継続案件。毎月このカードに「請求済み」「入金OK」が積まれる |
| 消滅 | 43 | 残す | 失注の置き場。失注の理由は資産なので消さない |
| 請求 | 9 | 変える | 列の中を「ーーー↑請求中ーーー」「ーーー↓未請求ーーー」という区切りカードで分けていた → 請求明細の状態(見積提示/受注/請求済み/入金確認済み)に置き換え |
| 入金確認 | 57 | 変える | 最大の列。「入金確認OK」というコメントで記録していた → 明細の入金日に置き換え |
| 契約 | 0 | やめる | 運用の中で使われなくなり、列ごとアーカイブされていた |
| 要件定義 | 0 | やめる | 同上 |
| 停止中 | 0 | やめる | 代わりに「ーーー↓停止中ーーー」という区切りカードで代用していた → サブステータスに |
列より大事だったのが、金額・納期・フェーズの欄がなく、全部が説明欄の手書きだったことです(カスタムフィールドは0)。これをERPでは項目として持たせました。カードのチェックリスト16個も、タスク管理ではなく「日付+作業+金額」の請求明細として使われていたので、明細に変換しました。
全部読んだうえで、「Trelloの都合でやっていたこと」はやめ、「人の習慣」はそのまま残しました。分けるとこうです。
やめたもの——Trelloの都合でやっていたこと
- 区切りカード「ーーー↓停止中ーーー」のようなカードで列の中を分けていた。8枚あった。ERPでは項目1つで済むので、データとして取り込まなかった
- 担当者の名前に書いた運用ルール担当者名に「※入金確認で記入」という注記が付いていた。ERPでは経理の役割を案件に自動で付けるので、名前に書く必要がない
- 人ごとに違う日報の列役員のシートは人によって2列目が「毎日」だったり「納期」だったりした。「役員型/従業員型/タスク型」の3類型にまとめ、人が増えても列を足さなくて済むようにした
残したもの——人の習慣
- 25日〜翌24日の締め期間給与も予実もこの区切りのまま
- 日報の色のルール土曜は青・日曜は赤・水曜(週次のチェック日)はグレー。体に入っている見た目は変えない
- 週次の定例で案件を順に開いて一言書く運用ERPではタイムラインとして残した
棚卸しシート(そのまま使えます)
私たちが使った列は「画面・帳票・列の名前/使っている人/頻度/直近の使用日/残す・やめる・変える/理由/移すデータの範囲」の7つです。Excelやスプレッドシートで開けるCSVを置きました。上の12列が記入例として入っています。棚卸しシート(CSV)をダウンロード
Emposyが移したデータは、案件は全部・日報は10か月・領収書は7年
次に、TrelloとスプレッドシートからERPへ、どのデータをどこまで移したかです。「過去のデータは全部移したい」は必ず出ますが、私たちは範囲を決めて移しました。
| データ | 移した範囲 | 理由・やり方 |
|---|---|---|
| 案件 | 184枚すべて(アーカイブ済み66枚を含む) | 失注の理由と経緯は次の見積に効く。削除はしない |
| 請求明細 | 説明欄とチェックリストから178行に分解 | 「フェーズN: 金額(入金日)」「M/D 作業名 金額円」の書き方が揃っていたので、プログラムでかなり拾えた。拾えない分は手で |
| コメント | 646件をタイムラインへ | 「6月分 ○○円 請求済み」「入金確認OK」という定型は、明細の状態変更に変換できた |
| 日報 | 2025年9月〜2026年6月の10か月 | 過去月のシートを取り込むプログラムを作った。穴埋め方式(ERPで入力済みの日は上書きしない)に途中で直した(後述) |
| 領収書・実績 | 2019年8月〜(約7年、2,984件) | 法人の帳簿は原則7年保存(国税庁)。会計側にあるものを参照できれば足りるので、必要な範囲だけ |
| 議事録 | 2020年8月〜の120本(Driveを参照) | 移さず、置き場所はDriveのままERPが読みに行く |
| 時間配分 | 2024年6月〜 | 日報の「新規事業に使った時間」を数値に直して取り込んだ |
正直に書くと、マスタの掃除はまだ終わっていません。案件ステータスの一覧には、Trello時代の名残で「保留」が3つ、「停止中」が2つ残っています。列としては廃止したのに、小さい区分として別々に登録されたためです。日常業務は回っていますが、集計で「保留」を数えると3つに分かれます。移行後2か月でこれです。汚れたマスタは移す前に掃除する、と人には言いながら、自分たちも取りこぼしました。
旧Excelを残して並行で動かしたら、freee連携のバグが初日に出た
ERPに移すあいだ、古いスプレッドシートとExcelはすぐには止めませんでした。新しいERPと古いシートを両方動かして、数字が合うかを確かめるためです(並行稼働)。これがいちばん効きました。実際の日付で書きます。
- 7月11日、着手した日にfreeeの連携バグが見つかったfreeeの試算表APIは「期首からの累計」を返す。単月だと思って取り込んだ数字が、旧Excelの月次と合わない。旧Excelを残して突き合わせていなければ、翌月まで気づかなかった。修正は「当月累計 − 前月累計」
- 7月12日、実績の入口を1つにした費用を手で入れる画面とExcel取込の両方を用意していたが、実績はfreee連携だけにして撤去した。正しい数字の置き場が2つあると、いつまでも照合が終わらない。同じ日に「実績の確定月」をロックする設定を入れた。未確定の月を取り込むと、売上だけ先に入って偽の赤字が出るため
- 7月13日、日報の取り込みを穴埋め方式に直した過去の日報を取り込むとき、ERPで入力済みの日を上書きしていた。並行稼働のあいだは古いシートにもERPにも入力が入るので、取り込みは空いている日だけ埋める方式に
- 7月24日、最初の給与の締めをERPで通した締め期間(6/25〜7/24)の途中で始めたので、最初の締めまで13日。給与の合計が旧シートと一致したことを確認して、旧シートを止めた。翌日から前借りや立替の調整もERP側に入れている
並行稼働の期間は決めませんでした。「締めを1回、ERPだけで通して古いシートと一致したら止める」を条件にしたので、給与は13日で終わりました。
Emposyが最初の週に決めそこねて、やり直した3つ
上の日付のとおり、7月12日と13日は作り直しの日でした。最初の週に決めておけばやり直さずに済んだことが3つあります。
- 正しい数字の置き場を2つ作ってしまった手入力の画面とExcel取込を両方作った。「念のため」の2つ目が、照合を終わらなくする。実績の入口は1つに
- 過去データの取り込みを「古い→新しい」の一方通行で作ってしまった並行稼働のあいだはERPにも入力が入る。取り込みがそれを上書きした。空いているところだけ埋める方式が正解
- まだ確定していない月まで取り込んでしまった売上だけ先に入って、費用が入っていない月が赤字に見える。確定した月だけ取り込み、それより先は予算で埋める「着地見込み」に分ける
3つとも、順番の問題です。正しい数字の置き場を決める → 取り込みの方向を決める → 確定した月の境目を決める。この3つを最初の週に決めておけば、後の照合は短くなります。
Emposyが60日で使った手は、1,663コミットと約246時間
最後に、この60日でどれだけの手がかかったかです。数字は開発リポジトリと、社内の日報の時間ログから取りました。
※ コミット数は開発リポジトリの履歴、時間は日報の時間配分ログ(案件・物件・新規事業ごとに毎日入力)から。人数に関する数字は出していません。
週ごとのコミット数は、最初の2週(782)に集中し、3週目以降は20〜190で推移しています。最初の2週で日常業務が乗り、残りの6週は使いながら直した形です。ただし、私たちは開発会社で、要件を書いた本人が毎日使って直しています。一般の会社が開発会社に頼む場合の目安は、公開されている相場で部分刷新が3〜6か月、複数領域の統合が6か月〜1年以上(ripla)。この記事の速さは参考にせず、順番だけ参考にしてください。
60分の無料相談から始められます
いま使っているツールと、いちばん手間のかかっている作業を教えてください。ERP化すべきか、SaaSで足りるかもこの場でお伝えします。しつこい営業はしません。
よくある質問
過去のデータは全部移した方が安心ではないですか?
私たちは案件だけ全部移し(失注の理由が次の見積に効くので)、日報は10か月、領収書は保存義務に合わせて7年、議事録は移さずDriveを参照しています。全部移すと、汚れたマスタと使わない履歴まで持ち込みます。実際に私たちのステータス一覧には「保留」が3つ残っています。
並行稼働はどれくらいの期間やるべきですか?
期間ではなく終了の条件で決めてください。私たちは「締めを1回、ERPだけで通して古いシートと一致」を条件にして、給与は13日で終わりました。全業務を並行させると現場が持たないので、締めに関わる業務(給与・請求・在庫)だけ突き合わせるのが現実的です。
「今と同じことができるように」で見積を取るのは、そんなに悪いことですか?
「今と同じ」には、区切りカードのようなツールの都合で生まれたやり方まで含まれます。私たちの場合、区切りのためだけのカードが8枚、もう使われていない列が3本、担当者名に書かれた運用ルールが「作らなくていいもの」でした。全部読んでから見積を取れば、各社の前提が揃って比べられます。
まとめ
Emposyは他社のERPを作りながら、自分の会社ではTrelloとスプレッドシートを使っていました。2026年7月11日から60日で自社開発のERPに移して、分かったことはこれです。
60日で1,663コミット、約246時間。開発会社が自分の会社のためにやった速さなので、速さではなく順番を参考にしてください。
出典:当社の基幹システムの本番データベース(2026年9月9日時点)/移行前の Trello エクスポートと日報・予実シートの分析メモ(2026年7月11日)/開発リポジトリのコミット履歴(2026年7月11日〜9月9日)/国税庁 No.5930/ripla。取引先名・個人名・人数は伏せています。